神戸から世界へ!の願いを込めて…「村元姉妹」こと、タイでフィギュアスケートの指導者として頑張る・姉「村元小月(さつき)」さんとアイスダンス日本代表の妹・「村元哉中(かな)」選手を応援するブログです。
忘れられない全日本2013
金髪に近い明るい髪で「オフシーズン、しっかり練習していますよ」と語ってくれた夏の終わり。
 
週に一回、大学に行かずスケートの練習に充てる時間を作っている事、
大学でスポーツの勉強をしている事、昨シーズンの悔しさを自分なりに変えて行こうとする姿が見られた。

そして迎えた近畿ブロック。6分間練習から、ぐいぐい加速するクロスを見るだけでゾクゾク来た。
一人だけスピードが違うし、足元がとても力強かった。
フィジカル面の仕上がり、オフシーズンの練習が充実していた事を感じさせるスケーティング。

ショートは幸せな時間だった。背中からも楽しさが伝わって来て。
細かい振り付けをリズムよく踊る姿、滑らかなエッジワークに力強さとスピードが増して、
臨海のリンクこんなに狭かったかな?ってくらいスピードがあって、
ちょっとサルコウのタイミング合わなかったなって思ったけど、補い余るパワーがあった。
ミスがあったにも拘らず、終わってから「わぁー!」って歓声が上がった。

西インカレも好調だった。インカレ代表が掛かった中で、力を発揮出来た。
関大女子が上位独占、3人が90点超えと言うハイレベルな戦いだった。
その一人が哉中選手だったのは、ファンとして誇らしく嬉しかった。

西日本は表情が暗かった。心ここに非ず・・・
張りたてホヤホヤのリンクだからとか、全日本が掛かったプレッシャーではない。
表情が暗く、目が泳いでた。6分間から滑りに迷いが出ていた。
「別に調子が悪いわけじゃない」と話していた。
怪我はしていないのは見て感じたが、じゃあ何が不安なんだろう?

「人を惹きつけたり、感動してもらえる演技をしたい」

カルメンをどう演じたいか?を話した時の言葉だ。
そんなのとっくに出来てるから!と言う私に苦笑いしていた。
華がある、美しいスケートの持ち主なのに、、、どうして自信が持てないんだろうか?
それに気づけたら変われるのかな?何とかして、気づいて欲しい!

私一人がブログで喚いてるだけでは伝わらないと思った。
Twitterのお気に入りは外部のユーザーからも見られる。
「哉中」「村元哉中」「村元 かな」と検索しては、現地観戦された方の感想、
全日本を待ってくださっている方のつぶやきを片っ端からお気に入りに入れた。
それを見てねって伝えた。そして、演技が終わってから客席でファンが
どんな顔してあなたを見ているか、あなたに拍手をしているか。
それを感じられたら、少しは自信が持てるのではないかな?と話した。

 
村元ママは、毎年全日本前になると必ず連絡をくれる。
「哉中は参加するだけ」「期待しないでね」
「練習してなくてボロボロやからショート落ちやからね!」こんな調子でメールが来る。
小月さんの時から、いい時も優勝した時も「あんな演技で優勝なんて!」と、
表情とは裏腹の事を言う人だ。
毎年、西日本のショートが終わると、決まったように
「こんなんじゃ全日本行けない!」「チケット無駄になるからね!」と言うし、
通過したらしたで「こんな情けない演技でよく通過出来たわ!」と嬉しそうな顔で言う。

今年は何か違った。詳しくは聞かなかったけど、いつもと様子が違うのは感じて取れた。
ママ、相当不安なんだなって感じたし、哉中選手もしかしたらかなりヤバい状態なのかもしれない。
西日本の暗い表情ばかり脳裏を過る。「何があったの???」聞きたくて、、、深く知るのは怖くて。
本人に聞くわけにもいかないし、一人で想像だけで悶々とした思いを抱えていた。

2009年の初めての全日本から、通算5回目の全日本。
ワクワク、ドキドキよりも。怖かった。前日くらいまで怖かった。
マイナスの事しか思い浮かばない。準備する気持ちになれない。
いっそ棄権しますと言われた方が楽になるんじゃないかとさえ思った。

「@kana3ic3mura: 1番滑走です!!!笑笑 楽しんで滑ろう!!! 応援よろしくお願いします(^O^)」
 
なーんでこんな時に1番引くのかしらねぇ、このお嬢さんは!(笑)

「@kana3ic3mura: 一瞬1位をあじわえる滑走順ですね!笑 滅多にこんな会場で滑れることはないとおもうのでおもいっきり楽しみます(≧∇≦)♡」

何が一瞬1位やねん!当たり前やんか!(笑)肩のチカラが抜け、笑ってしまった。
あぁ全日本が始まるんだな。やっとこちらもスイッチが入った次第。
村上佳菜子選手や安藤美姫さんらに会って彼女もスイッチが入ったのかな?

1番滑走、さいたまスーパーアリーナだ。
そんなシチュエーションの中でやれる事はやったし、アクセル以外はよく踊れていた。
久々にクリーンなサルコウが入ったし、思った以上に滑れていた。
やっとジャッジ側から可愛いステップを見られた。
即、次の松田悠良選手に順位を抜かれたが、ホンの一瞬だけは、1番だった(笑)

よく頑張ったやん、哉中ちゃん。

胸をなでおろしている所、第二グループも終わらないうちにママから
「フリー行けないわ」「申し訳ないです」「辛いから試合を見ていられない」
ネガティブ満載のメールが来た。何年も全日本を見ているファンならば、
49点台でショート落ちする年はまず無い事は分かる。後半グループで滑れる年もある。
フリーに行けるかどうかなんか、3〜4グループ目まで読めない。
なのに、何故第二グループも終わらないうちから悲観しているんだ!

あの時に感じた感情は、怒りだったのか悲しみだったのか、よく分からなかった。
このままいつもの様に受け流してたら、選手よりママが潰れてしまうんじゃないか?
そんな危機感もあったように思う。感情に任せてメールの送信ボタンを押してしまった。
 
「親が娘を信じてあげなくてどうするんですか?」

分かってる。ママの言葉とホンネが裏腹だって事。分かってるのに、抑えられなかった。
抑えられない気持ちをぶつけてしまい後悔していた。
ホテルに帰り、疲れた身体を休めたいのに、目が冴えて、寝付けなかった。
毎回、試合の感想をタイの小月さんにメールしている。
今回も同じようにメールして、ママにこんな事を言ってしまった事も話した。

「選手はミスをして点数が低ければ、誰だってフリーに進めるか不安になるものです。
ママは本気で哉中のスケートが好きだから弱気になるんですよ。
私も復帰後は不安だったし、ママも不安だった。だけど、自分自身で自信を持てたから復帰出来た。
周りが何と言おうと、やはり最後は自分なんです。
自分のスケートに自信が持てるかどうかは自分自身でしかないんです。
哉中は他の選手に無い華がある。私も自信を持って滑れるようになればいいなと思います。」

明け方届いたメッセージには、小月さんらしい冷静な意見だった。
元選手で、同じ娘としてとても説得力がある。
なるほどな、選手とファンの立場の違いを知った。
ファンなら例年フリーへの通過点が何点くらいか?を想像出来るけど、
当事者はミスして点数低いなら冷静にはなれないよね、、、それ以外にも、様々な事を感じて取れたし、
やっぱりあの時にあんな事を言ったのは間違いだと気づいた。

翌朝、早速ママに無礼を詫びると
「せっかく応援してくれてるのに応える事が出来なくて申し訳なく思ったんです」と言われた。
ママがこの一週間ばかり、色々言って来た事、弱気なのは、
応援してくれてるファンがいるのに期待に添えず申し訳ないって気持ちだったんだらしい。
それに気づいたらちょっと笑えてきた。え?今更?って感じで。
そんな時はファンに気遣う時間も娘の心配だけしてればいいのにー!ったくもう!ママったら!

「ファンの事なんて考えなくていいです。
期待に添えずガッカリするようなファンならば、村元哉中選手のファンになんてなりません(笑)
14歳の時から、どんなにボロボロだろうと受け止めてきた。
私にとって村元哉中選手のスケートはどんな時も大切でかけがえないものなのだから。」

最後に「今後申し訳ないは禁止!!」と添えて送った。

気分が晴れたような、不思議な気持ちで迎えたフリーだった。
6分間のジャンプで、ジャンプの調子についてはある程度覚悟はしたし、
最初のフリップを回避した時点で、今日はジャンプの事は言わないでおこうと決めた。
いい感じに肩の力が抜けていたし、足元が軽く見えた。
勢いやパワーは無いけど氷に吸い付くような滑らかなエッジワークだった。
サルコウはダメだったし、アクセルとかヒヤヒヤものだったけど、
ジャン!って音とピッタリ合う振り付け。
スピン、スパイラル、一つ一つのポジションで湧く拍手。四方を囲む観客から、拍手が降ってきた。
その拍手を、独り占めしている哉中選手がいた。

「@kanspo: [スケート]第82回 全日本選手権大会【女子FP】17位 村元哉中「会場の雰囲気を味わって楽しく滑れたらなと思っていた。こんなにたくさんの人が自分の演技を見て下さってうれしかった。ジャンプはともかく踊りは良かった。全日本は、自分の課題が見つかった大会になった」」
 
「@kana3ic3mura: 全日本あっという間に終わりました。。ショート、フリー、いい演技ができなかったけど、あの舞台で両方のプログラムを1万8000人の前で滑れたことが本当に楽しかったです。とても貴重な経験、一生の思い出になりました。色々あったけど、諦めずに、全日本に出場して良かったです。」

「色々あったけど、諦めずに、全日本に出場して良かったです。」

全てを終えて、このコメントを読んでボロボロ泣いてしまった。
うん、きっと。ここまで来るのに色々あったんだろうな。
後日、田村岳斗コーチが自身のブログにこう書かれていた。

「村元はこの大会前までなかなか調子が上がらず、どん底と言っていい状態で大会に入りました」

どん底の哉中選手の隣で、ママも辛かったよね。
コーチも心配されただろうし、ファンもなんだか落ち着かなかった。
何がそうさせたか、原因を知るつもりも聞くつもりもない。
ただただ、彼女は逃げないで立ち向かった。それだけでいい。

順位よりも、あのさいたまスーパーアリーナで滑った。
色々あったけど、諦めずに出てくれた事が本当に嬉しいし、村元哉中選手を誇りに思う。
この二日間で、ママ、元選手のお姉ちゃん、ファン。
三者三様の立場や思いを知れたし、言葉や態度が違えど、みんな、
村元哉中選手に自信を持って楽しく滑ってもらいたい思いが共通している。
ファンと言う立場上、選手や親御さんに本音をぶつける事は憚られるけど
ぶつかり合いながら、それぞれの思いを知れた事は貴重な経験だった。
 
全日本から一ヶ月くらいして、哉中選手に伝えた。
 
私には、ジャンプの飛び方やスケートに自信を持つ方法はアドバイスは出来ない。
けれども、村元哉中選手のスケートを愛することは出来る。
周りには、本気でスケートを、仲間を、娘を、妹を愛し、共に泣いて笑う人達が沢山いる。
哉中選手自身がスケートに自信が持てなくても、哉中選手のスケートを愛する人達が沢山いる。
その事だけは忘れないで、そこだけはいつも自信を持っていて欲しい。

みんな、村元哉中選手のスケートが大好きです。
 
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村元小月(むらもとさつき)
1990年5月15日生まれ
関西大学卒業
2013年選手を引退後はタイでフィギュアスケートの指導者として活躍中。
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村元哉中(むらもとかな)
1993年3月3日生まれ
2014年からアイスダンスに転向。クリス・リード選手と共に平昌五輪出場を目指しています。
関西大学4年生
木下クラブ

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