神戸から世界へ!の願いを込めて…「村元姉妹」こと、タイでフィギュアスケートの指導者として頑張る・姉「村元小月(さつき)」さんとアイスダンス日本代表の妹・「村元哉中(かな)」選手を応援するブログです。
その5「お互いのチャームポイント、姉妹喧嘩」

-今度は、選手としてでなく。お互いに相手が羨ましいと思うところは?


小月「哉中はスタイルがいいのは凄い羨ましいなと思っています。
太っても一応まだキレイなスタイルのままなので…
(自分は)太ったらすぐ不細工になるから(笑)」


哉中「顔が小さくて目が大きい。いいなーっていつも思ってるんです。
(目は)哉中は全然大きくないです!
いつも冷静と言うか、落ち着いてる性格。なので…うん(笑)」


-自分自身のチャームポイントは?


哉中「え〜なんだろう?自分で言うのはあれだけど…
スタイルがいいのかな…いいのかな?(不安げ)
前に身長計ったら161cmでした。もっと大きく見えるとよく言われます」


小月「ん〜(笑)二人ともなんですけど、顔立ちがはっきりしているのはいい事かなと思いますし
あと、人にやさしくしちゃうので。たまに優しくしすぎるって言われるんですけど。
人に気を配れるのはいい所なのかな?」


-さっちゃん優しい?


哉中「優しいですよ?(笑)」


-喧嘩したらどっちが強いの?


小月「(即答で)哉中です」
哉中「へへへ(笑)喧嘩は英語と日本が混ざる(笑)」


-ママから聞いたのですが、子供のころの喧嘩は妹が一方的にお姉ちゃんを叩くと…(笑)


哉中「はい(笑)…今は手は出ないですよ(笑)今は口です。
子供の頃だったら、喧嘩したら全然口を聞かなかったりしてたんですけど
最近は、喧嘩はするんですけど、ちょっとしたらすぐに喋ってる」


-今は喧嘩してもすぐに忘れてしまうんですね?


哉中「哉中はそう思ってます」
小月「哉中がそう思ってるだけです(笑)」


-ジュニア時代の小月選手は、哉中選手に強いライバル心を抱いてなかったですか?


小月「(ジュニア時代は)哉中には負けたくないと思っていましたね。
今は自分が休んでいたのもあるし、一緒に頑張りたいですね。
今も負けたくはないんですけど、哉中も頑張っているので。負けて悔しい!って事はないです」


-哉中選手は、他の選手に勝つより小月選手に勝つのは特別ですか?


哉中「やっぱり勝ったら嬉しいですね。他の選手よりも。
(西日本選手権で2位になった事)凄い嬉しかったですね。」


ジュニア時代の小月選手は、雑誌のインタビューやら、当時私がお伺いした時に
「妹には負けたくない」と言う事を頻繁に言われていたのを思い出します。
(当時のインタビューは当ブログ「姉妹スケーターとして」に記載しています)
ノービス時代から、実力を伸ばしてきた哉中選手は
当時の小月選手にとっては、脅威的な存在だったのかもしれません。
そんな哉中選手も、これから!と、言う時期に、けがで全日本ジュニアの出場を逃したり
伸び悩む時期があり、小月選手自身も怪我をしたり…色々な時期を経て
良きライバルとして、切磋琢磨できる存在として認められるようになったのかなと思います。

西日本、哉中選手が2位と順位が分かった瞬間、ちょうど一緒にいたのですが
村元ママから「や〜い!哉中に負けてる〜」と、茶化されて
「哉中に負けちゃったね〜」と、笑ってる姿を思い出しますね。
笑いながらも、とても嬉しそうで、満足げな顔は忘れられません。

お互いに、2人だから頑張れた事はたくさんあったんだろうなと思います。

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村元小月(むらもとさつき)
1990年5月15日生まれ
関西大学卒業
2013年選手を引退後はタイでフィギュアスケートの指導者として活躍中。
詳しくはこちら
村元哉中(むらもとかな)
1993年3月3日生まれ
2014年からアイスダンスに転向。クリス・リード選手と共に平昌五輪出場を目指しています。
関西大学4年生
木下クラブ

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