神戸から世界へ!の願いを込めて…「村元姉妹」こと、タイでフィギュアスケートの指導者として頑張る・姉「村元小月(さつき)」さんとアイスダンス日本代表の妹・「村元哉中(かな)」選手を応援するブログです。
村元姉妹対談インタビュー2012(index)





4月21日、関関戦終了後にお時間を頂き、
村元姉妹の対談形式!?インタビューを取ることが出来ました。

姉妹揃ってじっくりお話を聞く機会は、今までなかなか無かったですし、
小月選手が今シーズンを最後のつもりで滑るとの事ですので
思い切ってお願いしてみたところ、快諾していただけました。


オフシーズンをかけて、連載形式で少しずつアップしていきます。


〜村元姉妹対談インタビュー2012 index〜

その1「今シーズンを振り返って」

その2「チャリティ演技会とアイスショーへの憧れ」

その3「印象に残ってる選手とプログラム」

その4「得意なエレメンツとお互いのいいところ」

その5「チャームポイントと姉妹喧嘩」

その6「コスチュームへのこだわり」

その7「スケート靴のエピソード」

その8「ファンからの質問あれこれ」

その9「小月選手・怪我からの復帰」

その10「小月選手・進退と将来の夢」

その11「哉中選手・全日本最終グループの話

その12「哉中選手・大学生活について」

その13「来シーズンの目標とファンへのメッセージ」


改めまして、この場を借りて、試合後にご協力いただいた小月選手と哉中選手、
場を設けて下さり、対談後のエピソードの補足をしてくださった村元ママに感謝申し上げます。

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その13「来シーズンの目標とファンへのメッセージ」


-最後に。来シーズンの目標を聞かせてください。



小月「もちろん全日本に出場して、今までで1番いい成績を出せたらなと思うのと
あと、インカレも最後の年となるので、3度目の優勝が出来たらいいなと思っています。
楽しい思い出が沢山できるシーズンになればいいなと思います」



哉中「全日本で最終グループに残れたと言う自信を持って、
もっと自分に自信を持って、昨シーズン学んだことを、
今後の試合に1つ1つ活かしながら頑張っていけたらと思います。
そして、来シーズンの全日本は、2シーズン続けて10位で止まっているので
次回は一桁の順位に上げたいなと思います」



-出ました一桁!頼もしいですね。



哉中「さっちゃんは8位だったよね。じゃぁ…6位で!」
小月「欲張らずに…10位以内で(笑)」

(小月選手、さっき「今までで1番いい成績」と言いながら10位…矛盾してまへん?)



-ファンへのメッセージ




小月「いつも本当に応援ありがとうございます。
これからも自分らしいスケートを、もっと皆さんに感動を与えられるように頑張っていきますので
これからも応援よろしくお願いします」





哉中「いつも応援してくださってありがとうございます。
全日本をきっかけに、哉中のスケートを好きになって下さった方も多いと思います。
お客さんに感動を与えられるようなスケートを滑りたいと思ってますので
これからも応援よろしくお願いします」








色紙に選手の好きな言葉を書いてもらいました♪

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その12「哉中選手・大学生活について」





女子大生満喫してます♪な、村元哉中さん19歳。


-関西大学での学生生活についてお聞かせいただけますか?



哉中「とても楽しいです!」



-人間健康学部ですね。スポーツ選手の方も多いのですか。



哉中「はい、人間健康学部です。スポーツをしている子たちは多いのですが
福祉関係を目指している子もいますし、全員がスポーツをしている訳ではないのですが。
(高校時代の)部活などで、スポーツをしている子は多いですね。
SF(スポーツ推薦)で入学した子も多いです」



-小月選手(文学部)もスポーツ選手が多いと聞きますが、
違う競技のアスリートと話をしていて、刺激を受けたりはしますか?



小月「みんな部活を頑張っているので、お互い励ましあいながら
疲れたら、またみんなで一緒にご飯を食べに行こうよなんて言う風に声を掛けたりしますね」



-哉中選手はそう言う関係はこれからですね



哉中「もう(既に)友達がいっぱい出来て、SFの子達と一緒に過ごす事が多いのですが、
スポーツをしていない子達なども居て、多くの友達が出来ました。
フィギュアスケートをやっていると言ったら、え!スケートやってるの!と、食いついてきたり(笑)
スポーツの話もしますが、普通にガールズトークで盛り上がったりもしています」



-関西大学アイススケート部の一員となる事にプレッシャーなどは感じたりされますか?



哉中「プレッシャーは今のところはないのですが…
さっきの関関戦で頂いた表彰状に、村元哉中(関西大学)と書いてあるのをみて
あ〜!もう大学生になっちゃったんだ〜!と、実感がわきました」
小月「哉中も大学生か…早いですね(笑)」



-関西大学アイススケート部の一員としての目標は?



哉中「スケートを頑張るんだと決めて関西大学に入学したので、
四年間は一生懸命スケートを頑張って、いい成績を残せたらいいなと思っています」



-今後、高橋大輔・織田信成の後輩だ!と言われる事も増えると思いますが。



哉中「(高橋大輔の後輩と)言われるのかなぁ?
同じ学部の子にも、大ちゃんと一緒に練習しているの?ってよく聞かれますね」



-高橋大輔選手と練習される事は?



哉中「あります。関選(関大選手権クラスの貸切枠の事)で一緒に滑ってます。
やっぱり凄いです。上手です。ずっと大ちゃんを見てます(笑)」
小月「(織田信成選手とも)やっぱり一緒に滑ると、毎回違う事を色々と学べますね。
やっぱりトップの選手は全然違いますね。」

-哉中選手、充実してますね〜。(しみじみと)
ちょっと前はスケートに身が入らない時期がありましたよね…
何滑ってもつまんない〜!みたいな。



哉中「そんな時期…あったねぇ…(笑)」



-その時に小月選手が「もう少し頑張ってスケートを続けて欲しい」と話してたんですよ。



哉中「え〜!知らなかった!」
小月「ふふふ(笑)」

-ブログにも書いてますよ。

哉中「そのブログの記事読んだかなぁ?」


その話の記事は「小月選手、10代最後の反省会!?」
ちょうど、2年前の関関戦でその話をしていたんですね。



「哉中は今は何をしていいか分らないと思う。私も哉中の年の頃はそうだった。だけど、いつかはそれが分かるはずなので、もう少し頑張ってスケートを続けて欲しい」



当時、哉中選手は海外の大学に進学する事も考えていて
選手は引退して、海外で趣味でスケートを続ける事も考えていて
ご家族とも何度も話し合いがなされたものだと思います。
その当時の哉中選手、心ここに非ず…な、魂が行方不明になった演技でした^^;
そんな時期を経て、スケートを頑張ると決めて、関大へ進学された哉中選手。
いちファンとして、続けてくれてありがとうと言う思いでいっぱいです!

ちなみに、高橋大輔選手にPIWの時に
「後輩の村元哉中ちゃんが関選で一緒に練習する時大ちゃんばっかり見てると言ってます」
と、言ったら、恥ずかしそうに「僕も哉中ちゃんばっかり見てます!!!」と言ってました(笑)

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その11「哉中選手・全日本最終グループの話」

-全日本の最終グループってどんな雰囲気でしたか?



哉中「もう、最初は最終グループに入ったと言う事で…
(最終グループ入りが)分かった時には、どうしよう!!と。
次の日の朝は、最初は本当に緊張と言うか…
全日本の最終グループなんて言う雰囲気は今まで味わった事のない空気で
最初はどうしよう…と思ったんですけど、どうしようと思ってばっかりも仕方がないので
楽しもうと開き直ってからは、楽しめました」



-最終グループには、今井遥選手や西野友毬選手など哉中選手と仲のいい選手もいましたよね



哉中「はい。友毬ちゃんとか、遥ちゃんも凄く仲良しだし、佳菜子とも仲良しです。
あっこちゃんとは一緒に試合に出た事があるし、
中京大学に練習に行ったら、真央ちゃんとも一緒に滑っているから。
皆知っている選手だったからと言って、リラックス出来たと言う訳ではなかったですね。
全日本の最終グループと言う言葉の響きが緊張してしまいました。
でも、本当にいい経験が出来たと思っています。」



-一方、第3グループではおばちゃん2人…
(※小月選手のTwitterで「ジュニアの若い子達ばっかりの中でおばちゃん2人」と
言う発言を受けての質問です^^)



小月「そう(笑)むっちゃん(高山睦美選手)と。
みんなジュニアの子ばっかりだったから…若い…(笑)
あの中でむっちゃんと滑れたのは嬉しかったですね。
むっちゃんとはノービス時代からずっと一緒だったので…仲良しです」



-TVでも放送されましたね。
哉中選手は最終グループだったのでかなり目立った位置で放送されましたね。



哉中「TV見たよ!良かったよ!って、みんなからメッセージを貰って。
会う人にも凄いねって声をかけてもらいました」

-村元ヤンガーシスターズとか言われてたの見ました?あれはどうなんでしょう(笑)


哉中「あはは、見ました(笑)いやー、よく考えるなぁ〜って(笑)」



-英語間違ってるやろ!?みたいな。



小月「…間違ってるのかな?」
哉中「間違ってる?」



-「ヤンガーシスター『ズ』」って言ってましたよ?



哉中「あぁ…間違ってるか…」
小月「(正しくは)ヤンガーシスターになる…(笑)」



-色々言われていましたよね。「妹は〜誘惑します」みたいな。(←思い出せなかった)



哉中「あぁ〜、イーサン・ハントを誘惑します(笑)」
小月「ミッション・イン・ポッシブルだもんね」



-全日本の放送をきっかけにファンが増えたという実感は?



哉中「全日本をきっかけにファンが増えたと言う実感もありますね。
全日本を見てファンになりました、と、言うお手紙も頂きました」



-Google検索で8位になったりもして(笑)
フィギュアやってません?みたいに声を掛けられたり、有名人になった実感などはありますか?



哉中「あ〜Google…そうみたいですね(笑)びっくりしましたねぇ。
でも、有名人になったなぁと言う実感はないです(笑)
(街で声をかけられたり)ないですねぇ」

小月「(自分も)そこまではないですね…
関東などである試合や、大きな試合などでは、スケートファンの方々が沢山いるので
あ、村元さんだ!と声をかけてもらうことはあるのですが、
こっちで普通に歩いていて、声をかけられると言う事はないですね。そこまでは…」

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その10「小月選手・進退と将来の夢」


-大学4年生となりました。来シーズン以降の進退について。



小月「今のところは何も決めてないのですが…やはり、ここまでスケートを頑張って来たので
何かしらの形でスケートには繋がっていきたいなとは思っています。
コーチとか、ショーに出演したり、ジャッジになるとか。
どれになるのかはまだ全然分からないのですが、
とりあえずスケートには関わっていたいなとは思います。」



-競技の方は大学卒業で引退、とは決めていないんですね?



小月「とりあえず、来シーズンが最後のシーズンだと思っては滑っていますね。
来シーズン以降は終わり方次第ですかね。
(終わり方次第では来シーズン以降も現役続行も考えているとの事)」
哉中「(もう引退のシーズンなんて)早いですねえ…」



-もしかすると…哉中選手が現役を続けている内に小月選手がジャッジ席にいたり



哉中「いるかも!(笑)スペシャリストの席とかにいるかも!」
小月「哉中には厳しく採点してね」



-「なんか今日は厳しいなぁ」って思って見たら…



小月「(ジャッジの名前確認したら)村元小月、と(笑)」
哉中「そうなったら面白いよね」
小月「めっちゃ面白いと思うよ」



-で、ジャッジしながら神崎範之さんみたいに国体に選手として出てみるとか。



小月「それめっちゃ頑張らないと(笑)」
哉中「兵庫県の女子選手は結構いっぱいいるから(引退した選手が)でなくてもいいと思うけど…」
小月「まぁね(笑)」



-小月選手はジャッジに興味があるんですね。



小月「ジャッジに興味ありますね。英語は自分の1番の強みなので、
国際ジャッジになって、語学力を生かせたらなぁと思っていますね」


一応、来シーズンを最後のつもりではいるとの事です。
将来については、プロスケーターにも興味があるみたいなお話もされていて
どのような道を進むかは分かりませんが、引退後も何だかんだ言いながらも
小月選手にはお会いできるのかな?と思っています。

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その9「小月選手・怪我からの復帰」

-怪我からの復帰と言う事で。休養前と休養後でどのようにスケートが変わりましたか?



小月「怪我して休んでいた時に、一時期本当に嫌になって…
戻れるかも不安だったし、頑張れるのかも全然わからなかったので。
もう、本当に離れたい!と思ったんですけど、色んな周りの人から声をかけてもらって
応援してもらっていたので、復帰できて本当に良かったと思っています。
休む前よりも、今のほうがスケートが楽しく滑れますね」



-怪我を経てから、身体の面で変わったなと思う所はありますか?



「身体的には、そこまでそんなに変わった!と言う所は無いのですが。
休んでいる時は、本当にスケートが嫌だったので、辞めたいって気持ちしかなかったので。
戻ってきてからは、スケートに対する気持ちが、以前ほど練習が辛くても嫌にはならないし
楽しく頑張れるって言う風にはなりましたね」



-個人的には以前より3Tの質が良くなったような気がしますが?



小月「そうなんですか!?でも、トゥループは今調子悪くなったりしたら
すぐ飛べなくなったりしてますよ。別にトゥループが以前より得意になったって事はないです」



-怪我する前(2009-2010シーズン)成績もよかったしスケーティングのスピードや勢いはあったものの、怪我に悩まされていましたし、満足はしていなかったですよね?



小月「そうです。楽しめていないというか。無理やりやらされている感だけがあって…
多分、それが積み重なって、嫌になっちゃったんだと思うので。
今は自分のために滑っていて、自分が楽しいから滑っていると言う感じがあります。」



-関西大学に入学した年でもあったから「結果を出さなくちゃ」と言うプレッシャーも?



小月「それもあったと思います」



-哉中選手から見て、小月選手の休養前後で変わった所は?



哉中「楽しそうに滑っている感じが、怪我をする前よりは出ていると思いますし
本当に今楽しんだろうなぁと見ていて思います。
練習嫌だ〜!とか言ってるんですけど、氷の上に乗ったらちゃんと滑っていますしね。
そんなさっちゃんと一緒にシーズンを過ごせて、哉中も楽しいです」



-復帰第一戦目の近畿ブロック、とてもニコニコされていましたよね(笑)



哉中「ワハハ(笑)」
小月「(恥ずかしそうに)覚えてないです〜(笑)でも、復帰できた試合は楽しかったです」



-フリーで3Sを跳びすぎてしまいましたけどね(笑)



小月「あはは、跳びすぎちゃいましたね(笑)」



-田村岳斗コーチには怒られなかったんですか?



小月「やっぱり関大は馬鹿なんだな〜!って言われました(笑)」

哉中「(横で大爆笑)」



-一部のスケートファンの間では、飛びすぎてしまう事を「関大入学」と言われてまして…



姉妹で大爆笑



-次は哉中選手が何か飛びすぎてしまうとか…(笑)



哉中「いやそれは飛べます!ちゃんと計算できます!そう言われないように気を付けます(笑)」

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その8「ファンからの質問あれこれ」

ファンの方から寄せて頂いた質問に答えて頂きました(^^)/

-あなたにとってフィギュアスケートとは?



小月「自分を輝かせてくれますね。子供のころからずっと頑張ってきた事なので
頑張ってきた分、多くの方に応援してもらえるし。一つの自慢になりますね」



哉中「え〜難しい!フィギュアスケートとは…?
自分が滑る事によって、見てくれている人たちに、元気を与えたり魅了させられたりする…?」

-自分が滑る事で人に感動を与えられる?



哉中「そうです、それ!それです!(笑)」

-練習の時のカバンの中身はどうなっていますか?必ず使うものとか。



小月「ん〜?なんだろう…。今、カバンの中ぐちゃぐちゃです(笑)
いつもiPodは持ってますね。音楽聞くの好きなんです。
車運転するときも、iPod繋げて聞きながら運転するんで、いつも持ち歩いています。」



哉中「iPodもそうですし、飴とかガムとか(笑)、あと、自分が好きな匂いのスプレーとか。
その位かなぁ。他は、普通に…財布とか手帳とか、みんなが持ってるものかな」

かばんの写真をリクエストしてみたのですが…却下されました^^;



-神戸の方から。神戸または兵庫県でお気に入りの場所など。



小月「やっぱり地元の六甲アイランドの…どこだろう?
何処と言う場所はないんですが、六甲アイランドは地元なので好きです」



-遊びに行く所とかはありますか?神戸で。



小月「遊びに行く所は…三宮とか?(行きつけの店など)そこまでは無いですね。
今まで、そこまで遊ぶ時間がなかったので、これからですね」
哉中「哉中も三宮かなぁ?」



-例えばお友達を神戸の観光案内に連れて行くとしたら?



哉中「…三宮」
小月「やっぱり三宮(笑)」
哉中「ポートタワー行ってもいいんですけど、あんまり面白くないと思うし…
やっぱり三宮に連れて行くと思います」



-明石には行かないんですか?



小月「明石もなぁ〜」
哉中「あんまり行かないんで…分からないです」
小月「明石はおばあちゃんに会いに行く時だけなんで」


神戸、いっぱい色んな所あるのに「三宮」しか言わない姉妹…(笑)
大学が大阪なので、なかなか神戸で遊ぶ事がないみたいですね。

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その7「スケート靴のエピソード」

スケート靴についてお伺いしました。

小月選手はジャクソンの靴にエッジはパターン99。
哉中選手はリスポートの靴にパターン99。新しい靴に変えようか悩んでいる所です。



-スケート靴の悩みってどんな事ですか?

小月「結構敏感と言うか、ちょっとしたズレが気になるので。
ジャンプを跳ぶのも力で飛ぶんじゃなくて、エッジで飛んでいるので
なので、エッジの位置がちょっとでも違うとジャンプが飛べなくなるんですよ。
いつも先生と悩んでますね。エッジの位置は」



哉中「全然敏感じゃなくって、逆にちゃんとまっすぐ乗れてるのかも分からないので(笑)
先生に履いてもらって。先生といいなと感じるエッジの位置が似ていて、
なので、先生に無理やり履いてもらって(笑)、先生にエッジの位置を決めてもらっています」



-海外の試合でトラブルが起きたら困りますよね。



小月&哉中「そうですね」



-小月選手はトリグラフトロフィーの時にエッジがしっくりこなくて、
無良隆志先生にエッジを直してもらった事がありましたよね。



小月「あー、あれは。いつもループのほうのエッジが気になるんですよ。
靴が柔らかくなってきたりしたら、エッジも微妙に変わってくるんです。
なので(無良先生には)その調整をしてもらったんですよ」

-無良先生のおかげでループが飛べたって喜んでましたね。

小月「ははは、そうでしたね(笑)」
哉中「(笑)」



-哉中選手も、クリスタルスケートの前に靴のトラブルが起きたと…

哉中「あ〜!なんだったけな?
エッジの後ろのほうが欠けてしまって、滑ってる時に突っかかる感じがしたんです。
なので、すぐに研いでもらって欠けた部分を直してもらったんです」




「靴の写真を撮らせてください」とリクエストし、靴の写真を撮らせていただきました♪

小月選手、持ってくるなり床に置いて「どうぞ撮ってください!」と…(笑)





さっちゃん、ワイルド過ぎるぜぇ〜!
周囲にいた人たち、余りにもワイルドな行動に、びっくり&突っ込みまくりでした^^;

大切なスケート靴なんだから、ちゃんと手で持ってる方がいいと思うよ!
と、周囲から言われて…



ちゃんと手で持ってもらいました(笑)

TVで見ていたり、タイツで覆う選手もいるので、間近でスケート靴を見ることは
なかなか少ないとは思うのですが、ハードな練習を物語ってますよね。

(顔の写ってる写真がいまいちだったので、スケート靴のアップで申し訳ないですm(_)m)




哉中選手は、床に直置きと言うワイルドな事はせず、手で持ってくれていました(笑)


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その6「コスチュームへのこだわりとエピソード」

-二人それぞれ衣装へのこだわりはありますか?



小月「こだわりは…別にそこまではないですね。とりあえず、音楽に合っている事と
あとは、地味じゃなかったらいいです(笑)」



哉中「哉中もこだわりはないんですけど、自分の体のラインをキレイに見せてくれる衣装がいいですね」



-哉中選手のラストエンペラーの衣装はとても評判が良かったですよね



哉中「そうですね。周囲のみんなも好きと言ってくれます」



-今までの中で好きなコスチュームは?



哉中「なんだろう…さくらのコスチューム凄い好きです!」

さくらのコスチューム



写真はこちらの記事より↓

村元哉が少年女子SP首位 国体スケート第1日、フィギュア
http://www.47news.jp/CN/200901/CN2009012801000591.html

2007-2008、2008-2009シーズンのSP。
さくらさくらをギター調にアレンジした、とっても素敵なプログラムなのでした。


小月「やっぱり黄昏のワルツですかね。紫の。
一年滑ってブランクがあってまた滑ったので思い入れが深いですね。」





@2009メラノカップにて。

-お互いの好きなコスチュームは?



小月「ラストエンペラーは好きです。黒い衣装に憧れるので。
(自分でも)黒着てみようと思ってます。黒着てみたいんですよね」



哉中「キルビルの衣装です!
まさか黄色を着るとは思ってなかったので…びっくりした(笑)
(さっちゃんがキルビルなんて)踊れるのかな〜?
と、思ったんですけど、全然。凄いカッコよかったです」



小月「時々キルビルの人って呼ばれますね。それだけ印象に残ってるのは嬉しいですね」



ファンにはお馴染みのキルビル衣装。
キルビルには2種類あって、上は袖なしバージョン。主にこちらを着ていましたね。
(実際は長い手袋があるんですけど外してますね)





↑長袖バージョン。

写真はこちらから。
19 th Triglav Trophy 2010 - Photo Gallery

http://www.dkjesenice.si/tt_2010_photo-gallery/19-th-triglav-trophy-2010-photo-gallery


キルビル衣装のエピソードは『「キル・ビル」幻のコスチューム』にて紹介しています。
競技用とEX用に2種類作られたのですが、袖なしの方ばっかり着てて
長袖バージョンは、トリグラフと国内で2回だけかな?着用しただけなのでした^^;


コスチュームの話でもう1つ。



黄昏のワルツのコスチュームの型紙を使って…



チゴイネルワイゼンの衣装!

写真はこちらから
20 th Triglav Trophy 2011 - Photo Gallery 2

村元ママ、ドヤ顔で「小月の黄昏と同じ型紙で作ったの!」とおっしゃってました(笑)
最初は全く違う衣装だったそうですが、しっくり来なかったので
急遽、黄昏の型紙で作り直したんだそうです。
同じ型紙&紫だから、長袖の方向から見る哉中選手は小月選手に見えましたね。

コスチュームへのこだわりは、選手自身より
どちらかと言うと村元ママの方がこだわりが強いような気がします^^


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その5「お互いのチャームポイント、姉妹喧嘩」

-今度は、選手としてでなく。お互いに相手が羨ましいと思うところは?


小月「哉中はスタイルがいいのは凄い羨ましいなと思っています。
太っても一応まだキレイなスタイルのままなので…
(自分は)太ったらすぐ不細工になるから(笑)」


哉中「顔が小さくて目が大きい。いいなーっていつも思ってるんです。
(目は)哉中は全然大きくないです!
いつも冷静と言うか、落ち着いてる性格。なので…うん(笑)」


-自分自身のチャームポイントは?


哉中「え〜なんだろう?自分で言うのはあれだけど…
スタイルがいいのかな…いいのかな?(不安げ)
前に身長計ったら161cmでした。もっと大きく見えるとよく言われます」


小月「ん〜(笑)二人ともなんですけど、顔立ちがはっきりしているのはいい事かなと思いますし
あと、人にやさしくしちゃうので。たまに優しくしすぎるって言われるんですけど。
人に気を配れるのはいい所なのかな?」


-さっちゃん優しい?


哉中「優しいですよ?(笑)」


-喧嘩したらどっちが強いの?


小月「(即答で)哉中です」
哉中「へへへ(笑)喧嘩は英語と日本が混ざる(笑)」


-ママから聞いたのですが、子供のころの喧嘩は妹が一方的にお姉ちゃんを叩くと…(笑)


哉中「はい(笑)…今は手は出ないですよ(笑)今は口です。
子供の頃だったら、喧嘩したら全然口を聞かなかったりしてたんですけど
最近は、喧嘩はするんですけど、ちょっとしたらすぐに喋ってる」


-今は喧嘩してもすぐに忘れてしまうんですね?


哉中「哉中はそう思ってます」
小月「哉中がそう思ってるだけです(笑)」


-ジュニア時代の小月選手は、哉中選手に強いライバル心を抱いてなかったですか?


小月「(ジュニア時代は)哉中には負けたくないと思っていましたね。
今は自分が休んでいたのもあるし、一緒に頑張りたいですね。
今も負けたくはないんですけど、哉中も頑張っているので。負けて悔しい!って事はないです」


-哉中選手は、他の選手に勝つより小月選手に勝つのは特別ですか?


哉中「やっぱり勝ったら嬉しいですね。他の選手よりも。
(西日本選手権で2位になった事)凄い嬉しかったですね。」


ジュニア時代の小月選手は、雑誌のインタビューやら、当時私がお伺いした時に
「妹には負けたくない」と言う事を頻繁に言われていたのを思い出します。
(当時のインタビューは当ブログ「姉妹スケーターとして」に記載しています)
ノービス時代から、実力を伸ばしてきた哉中選手は
当時の小月選手にとっては、脅威的な存在だったのかもしれません。
そんな哉中選手も、これから!と、言う時期に、けがで全日本ジュニアの出場を逃したり
伸び悩む時期があり、小月選手自身も怪我をしたり…色々な時期を経て
良きライバルとして、切磋琢磨できる存在として認められるようになったのかなと思います。

西日本、哉中選手が2位と順位が分かった瞬間、ちょうど一緒にいたのですが
村元ママから「や〜い!哉中に負けてる〜」と、茶化されて
「哉中に負けちゃったね〜」と、笑ってる姿を思い出しますね。
笑いながらも、とても嬉しそうで、満足げな顔は忘れられません。

お互いに、2人だから頑張れた事はたくさんあったんだろうなと思います。

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村元小月(むらもとさつき)
1990年5月15日生まれ
関西大学卒業
2013年選手を引退後はタイでフィギュアスケートの指導者として活躍中。
詳しくはこちら
村元哉中(むらもとかな)
1993年3月3日生まれ
2014年からアイスダンスに転向。クリス・リード選手と共に平昌五輪出場を目指しています。
関西大学4年生
木下クラブ

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